帽子づくりを支えてきた職人の数は全国的に年々減り、
国内では、木型を使った製法や手仕事の工程を続けていくことは、
以前より簡単なことではなくなっています。
そうした中で、
帽子づくりに関わってきた時間や、
その中で積み重ねられてきた考え方を、
言葉として残しておくことも、
いまの森安にとって大切なことのひとつだと考えました。
このストーリーは、
森安の工房に関わってきた人たちの話を通して、
帽子づくりの背景にある時間や考え方を、
ひとつの記録として残していく試みです。
今回はその最初として、
長く帽子づくりに関わってきた会長の話を聞きました。

森安忠義会長、84歳。
現在は世代交代が進み、
以前のように一日中作業を続けることは少なくなったが、
いまも工房に立ち、できるだけ帽子に触れ、形を確かめている。
年を重ね、声量は以前ほどではない。
それでも話しぶりは明るく、
帽子を前にすると言葉が自然と続いていく。
手に取った帽子をくるりと回しながら、
「全部はもうできないけどね」と笑う。
制作の中心は次の世代に移りつつある。
それでも、制作の流れや最終的な判断には自然と関わり、
気づけば手を動かしながら帽子と向き合っている。
会長は満州・大連で生まれた。
「三歳くらいだったと思う」
そう前置きしながら、覚えていることを順に話してくれる。
「街の形までは覚えてないけど、
なんとなくの風景は残ってる」
ロシア人が家に来て、部屋にあった貴金属を持っていったこと。
会社の人たちが迎えに来てくれたこと。
どれも淡々とした語り口だが、
記憶は意外なほどはっきりしている。
終戦後、日本へ引き揚げ、
長野の実家を経て名古屋へ。
その後しばらくは、各地を転々としながら過ごしていたという。
本格的に働き始めたのは、
父親の仕事の関係で大阪にいたころだった。
電電公社関連の電話配線工事を手伝っていた。
「その頃は、帽子とはまったく関係ない仕事だったよ」
その後、東京へ移る。
繊維関係のメーカー商社に勤め、毛糸の元を扱う営業をしていた。
「糸を売る仕事。あちこち行ったね」
全国を回る中で、名古屋エリアの営業を任されるようになる。
その途中で訪れたのが、後に奥様となる倶子(ともこ)さんの実家、
帽子制作会社「土方(ひじかた)栄一商店」だった。

結婚を機に、会長は「土方」に入り、
営業をしながら帽子づくりの現場にも関わるようになる。
「売るのと、つくるのじゃ、全然違った」
木型を使った帽子づくりは力仕事だった。
糊を塗り、蒸気を当て、フェルトをやわらかくし、
引き伸ばして木型にかぶせ、ロープで縛る。
乾かし、また蒸気を当てる。
その工程を何度も繰り返し、形をつくっていく。
「最初はね、帽子なんて十個もつくれなかった。
五、六個つくると、手がダメになっちゃって」
いまでは、この製法を続けているメーカーは
国内でもごくわずかだ。
当時、浅草には小さな帽子の小売店が多く、
会長と倶子さんはワゴン車に帽子を積み、東京まで売りに行った。
「後ろに、ぎゅうぎゅうに積んでさ」
自分たちで企画し、つくり、小売店を一軒ずつ回った。
ブランド名のようなものはなかった。
「無印みたいなもんだけどね」
店先で帽子を投げられたこともある。
それでも、自分たちで考え、作り、見せ続けた。
「印象に残ってる時間だったよ」
そう話す表情は、どこか楽しそうだ。
やがて「土方」を継ぐ人がいない状況になる。
さらに工場で火事も起きた。
「いろいろ重なったんだよね」
そのとき、会長の中にあったのは、
これまでやってきたことをやめない、という選択だった。
「木型もあるし、技術もある。
それなら、自分でやろうと思ったんだよ」

56歳で独立し、「森安」を立ち上げる。
木型に手を置きながら、会長は言う。
「この型があるから、森安なんだよね」

森安でつくられてきた帽子は幅広い。
幼稚園児用の帽子、
バスガイド用の業務用帽子、
ファッションブランドとの共同制作。
送られてくるのは、完成図ではなく、
「夜、森の中を歩いていて、気がつくと観覧車のある遊園地に立っている」
そんなイメージだけのこともあった。
一センチ、一ミリ、ときには二ミリ。
納得がいくまで、工房で向き合い続けた。

かつては、多様な形の帽子が求められた。
「帽子に、みんな凝ってた時代だったね」
いまは大量生産が主流になり、
工房に人が集まり顔を合わせて試行錯誤する時間は少なくなった。
それでも、森安の工房には木型があり、
手蒸しの技法があり、
積み重ねてきた考え方がある。
すべてが同じ形で続くわけではない。
けれど、時間は自然に息づいている。
新しい世代が、
また壁にぶつかりながら、
受け継ぐものと、新しい感覚を重ねていく。
その時間の先にあるのが、
森安が創業当時から大切にしてきた、
「愛情細やかに生きた帽子」という姿勢なのかもしれない。